ら2021年5月19日から23日に西安を起点とするシルクロード方面への旅行思い出しつつ何回かに分けてアップします。
5月19日上海の虹橋空港から出発し、長安行きの飛行機に乗りました。上海から長安までも3時間かかるため日本の東京へ戻るのとほぼ同じ時間がかかります。ここら辺が中国の大きさですね。
全中国から集まった同じ会社の人たちと一緒に行ったのですが、長庵に着いたらみんな結構写真を撮っています。中国は広すぎるのでこういった社員旅行のような機会がないと上海から長安に行くような事はないみたいですね。
そういう意味では自分もまだ1度も四国に行ったことがないので同じようなことですね。
長安の空港から予約したバスに乗り込み1時間ほどかけて長安市内に着きます。個人的には司馬遷の史記列伝を読んでいたので、そこに出てくる長安の様々な漢時代の物語を思い出しつつ、実際見るまではそんなに感動はありませんでした。
また、旅行前に予備知識をそれほど入れてなかったのであぁ昔の都ね軽い気持ちで過ごしていました。
しかし、突然目の前に城壁が現れ朱雀門と出てきます。これには驚きました。これは京都にある朱雀門のオリジナルって言うことか。
朱雀門は今でも現役の上壁として使われており、その下を道路が走っています。中国は基本的には城壁都市ですが壁をくぐったと言う事は城内に入ったと言うことです。
城壁をくぐるとすぐ近くにホテルがあります。長安は日本人にも大人気で、このホテルは特に日本人がよく泊まるそうです。翌朝の朝食時にはおはようございますとホテルスタッフから声をかけられた位です。
ここで西安のおさらいをしておきましょう。ここは周りを渭水盆地に囲まれており、天然の要害となってます。
石器時代から人が住んでいたようですが、周の時代の都もここにあり、始皇帝の都も渭水盆地にありました。しかし、なんといっても有名なのは、漢の時代に長安と名付けられてからです。今の長安はほぼ唐の時代の長安と同じ場所です。漢の時代の長安はこれより西側にあり、形もやや歪です。日本は何といっても、京都が唐の長安をモデルにしています。
それと城壁の印象が横山光輝の三国志に出てくる。城壁そのままそっくりです。
ホテルで荷物を下ろし、形ばかりの研修をした後、早速長安の街に繰り出します。昔の行政府があったであろう場所は司法壁に取り囲まれており、城壁を歩くことができます。1周すると5キロ位だそうで、ランニングではちょうどいいかもしれません。Facebookの社長が来たときにこの城壁を走ったとかなんとか
なんか城壁っていうのは日本にはないので中に入ると圧迫感を感じました。夜は長安の中でも有名な店に行きました。長庵は意外と四川省が近いので、その影響か料理も辛料理が多いです。それとその時代からイスラム教徒が多いので、イスラム料理も結構あります。なので羊料理が多くクミンの香りもそこら中に溢れています。
雰囲気、こんな感じです。途中で昔の中国服を着た劇をレストランの真ん中でやったりしていました。ちなみに今の日本の着物と言うのは中国人から言わせると唐の時代の着物だそうです。日本ではそれをずっと今日まで守り続けていると言うことです。
残念ながら兵馬俑には行く時間がありませんでしたが、ぜひまたもう一度長安に行って歴史的な場所をいろいろ訪れてみたいです。また漢の武帝の時代に京都と戦った将軍衛青の墓があったりするので、歴史好きにはやはりたまりませんね。
それにしても今から1200年位前に日本からこんなとこまで阿倍仲麻呂、空海が来ていたなんてご苦労様です。飛行機でもこんな遠いのに歩いてきてるなんてね。
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